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第9回「活動記録」@宮城県気仙沼市+南三陸町

【活動期間】平成24年10月14日~10月17日

【支援車両】8tトラック1台,乗用車1台

【参加費】1人1.5万円(宿泊費2日分を含む)

【参加者】総員5名  近藤千年,今井,近藤(敏),近藤(幸),近藤(生)

【支援物資&お土産】コンテナ,野菜(里芋,サツマイモ),タオル,新居浜の銘菓など

今回の活動の最大の目的は,これからの支援の方向性を探るための現地視察・情報収集です。これまでの作業を中心とした体育会系支援活動に加えて,”目にみえる支援”をモットーとする我々には,文化系支援活動として被災地の方々と直接交流することも大切ではないかと感じるに至ったからです。


■10月12日 隊長のトラックは一足先に新居浜を出発。今回は運転の交代要員がいないので安全を期して十分に睡眠時間を確保した。

■10月14日 13日から14日に日付が変わる午前零時直前に今井邸でメンバーが合流し,新居浜ICから高速に乗り宮城県に向かう。所要時間は約18時間と見積もる。

概ね予定通りの時間で,南三陸袖浜にある1泊目の民宿(下道荘)に到着。着いた時間がほぼ夕食の時間。

少し遅れて,戸倉で作業場兼倉庫として利用するコンテナの設置作業を一人でしていた隊長が民宿に到着。

■10月15日 志津川町戸倉(南三陸)の仮設に住む「自然の家かあちゃんクラブ」のメンバーさんを訪問。会食後,仮設の集会所で予定外にピザ作りを行う。

歌津町の及川さんと小泉公民館を訪れる予定が時間切れでできなくなる。

今宵の宿,唐桑半島鮪立(しびたち)にある”唐桑御殿つなかん”に向かう。

■10月16日 午前中は唐桑半島の仮設を訪問。まけないぞう大使を作っている唐桑ゾウさんチームさんと会って情報収集と同時に今後の支援のあり方などを相談させていただく。

午後は,菅野さんの漁船に乗せていただき,湾内の養殖業の現状を視察。

■10月17日 午前10時,新居浜に到着。今井邸にて解散。今日は新居浜祭の中日。

 第8回に引き続き,今回のレポートも,HP制作&写真班で同行した近藤ゆきひろが説明文も担当させていただきました。つまり,私の視点から描写(コメント)させていただいております。  誤字・脱字・時系列など何かしらの修正点および追記要望がございましたらお知らせ下さい。


記録写真

写真-1:14日午後6時35分 民宿「下道荘」で夕食 到着していきなりが夕食タイム。それもそのはずで零時に出発し,ここに着いたのが午後6時近くでした。

写真-2:民宿「下道荘」の跡 震災前はこの場所に下道荘があったのですが,津波に流されてこの通りです。今は高台の方にあります。

写真-3:15日早朝 袖浜の朝の風景 朝の散歩。漁師さんにお尋ねすると,この日からちょうど「牡蠣上げ」が始まったそうです。

写真-4:15日午前6時 日の出 静かで美しい御来光でした。

写真-5:志津川魚市場 戸倉の仮設に向かう途中で魚市場の様子を見に行きました。

写真-6:志津川魚市場 おこぼれをもらおうとウミネコ(?)が集まっています。

写真-7:防災対策庁舎 この一帯にある垂直方向の物体はごく少数のコンクリートの建物を除けば,ほとんど鉄骨だけです。8月はバスの中から見た防災対策庁舎ですが,今回は階段の所まで行き黙祷を捧げてきました。

写真-8:防災対策庁舎 無数の千羽鶴。おそらく全国から鎮魂の意味で贈られたものでしょう。

写真-9:復興の槌音? 私たちが見た範囲内で唯一,津波の後に残された基礎部分を剥がしていた場所です。左奥の重機がその作業をやっていました。

写真-10:南三陸町のメッセージ 「よみがえれ 故郷,ふんばれ 南三陸町」

写真-11:信号機のない交差点 震災前はどのような町だったのでしょう?想像できません。

写真-12:未来へのメッセージ 結びつくはずのない「なつかしい」という形容詞と「未来」という名詞。しかし,何か不思議に腑に落ちる気がしました。これを書いた人にその想いをお尋ねしたいと思いました。

写真-13:震災ガレキ コスモスとガレキの組み合わせが痛々しく感じます。

写真-14:戸倉仮設住宅 これ見よがしに「新居浜市民の会」を出したくはないのですが,報告のために撮影する必要がありました。

写真-15:戸倉の自然かあちゃんクラブの作品 ペットボトルカバーというのでしょうか。持ち歩くにしてもこういうのに入れるとこじゃれ感があるかも。 毛糸の作品を見せていただきながら,仮設の生活がどういうものか,初めて具体的に教えていただきました。いろいろなことに気を遣い大変な生活です。震災前の生活と比べるとプライバシーは,”あって無きが如く”のようです。それでもみなさん明るく前向きです。

写真-16:ピザ作り しばらくお話をした後,車で食堂へ行きました。初めての会食です。その食堂でも女性たちは話が盛り上がります。その話の流れで,予定外に”ピザ”作り講習会を仮設の集会所で行うことになりました。 近い将来,集会所で簡単な料理作りなどできませんかね,例えば,ピザ?,という趣旨で話をしていると, 「今日は?」 「えっ!,でも何も用意していませんし…」 「薄力粉,中力粉,強力粉あるよ」「イースト菌もあるよ」「バジルもあるよ」「…」 という具合に,奇跡的に全ての材料が何1つ欠けることなく揃ってしまいました。びっくりです。(^.^) ホワイトボードにイクエさんの頭の中にあったレシピを書き出し,私が集会所のパソコンでプリントアウトしました。私たちが帰った後も作っていただきたいからです。

写真-17:ピザ作り ピザの講習会と同時進行で牡蠣によく付く貝(シュウリガイ)を茹でてむき身にしています。時間を無駄には使いません。私たちに食べさせようと用意してくれたものでした。

写真-18:ピザ作り 普通,オリーブオイルやトマトの缶詰など,揃うものですかね。奇跡です。(^.^) このイベントは企画して行ったものではなく全くのハプニングでしたので,それゆえに長く記憶に残ることでしょう。

写真-19:ピザ作り とろけるチーズも複数の人が持ち寄って下さって量が足りました。だんだんとピザらしくなりました。

写真-20:ピザ作り 完成です。バタバタとした中で作ったので少々見た目は悪いですが,準備から食べられるまで1時間というのがウリのレシピで作りました。 チーズとベーコンにこだわるとかなり美味しいピザになります。さらに,トッピングに工夫をすると”戸倉風ピザ”ができると思います。 このお手軽ピザに興味がある方はこちらからレシピをダウンロードできます。

写真-21:ピザの試食 自然の家かあちゃんクラブのアイドル,そらちゃんはピザが完成したときには熟睡中です。残念!

写真-22:集会所の外では禁断の合コン 孫のような年齢の仮設の子供たちにいいようにあしらわれているおじさんたちです。屈託のない笑顔に癒されたことでしょう。

写真-23:歌津町の及川さん 時間が足りなくなり歌津の及川さんを訪ねることができなくなりましたので,私達のルート沿いのコンビニまで会いに来て下さいました。Facebookで情報を発信されています。短い時間でしたが,ここでも貴重な話を聞かせていただきました。

写真-24:つなかん御殿(鮪立) 新居浜市民の会の定宿といってもよいでしょう。地元の千葉さんにもお越しいただいて,唐桑の物産販売の相談やら地元の復興の話をしています。これも今回の目的である情報収集です。ただ飲んでいるわけではありません。本当ですよ。(^.^)

写真-25:菅野さんご夫妻とおばあちゃん 元気いっぱいの一代さん,寡黙な東北の漁師の父ちゃん,おだやかな雰囲気のおばあちゃん。とても居心地の良いところです,”つなかん”は。 写真にある戻りカツオと”なめろう”はほっぺが落ちるほど美味しく,たくさんいただきました。感謝。

写真-26:朝の散歩 とても穏やかな朝でした。こういう海を見ていると津波のことなど忘れてしまいます。

写真-27:つなかん御殿と隊長のトラック

写真-28:朝食の風景 掘り炬燵でした。やはり東北ですね,朝はかなり肌寒かったです。

写真-29:唐桑のゾウさんチーム 唐桑には仮設が6箇所有り,ゾウさんチームのメンバーは散らばっているので,普段は仮設の自宅で作業をしているそうです。今回は我々のために他の仮設からも何人かが集まってくれて,実際の製作過程を見せてくれました。

写真-30:まけないぞう大使 右が本来の「まけないぞう」です。普通サイズとおしぼりサイズのタオルで作るのが正規の「まけないぞう大使」です。 しかし,私たちは左のハンドタオルで製作する小さめ目の製品に興味を持ちました。マスコットと言えばよいのでしょうか,ゾウさんのキャラクター商品でバッグなどの飾りと使えます。「がんばるぞう」と命名しました。

写真-31:唐桑ゾウさんチームと記念撮影 みなさん,わざわざありがとうございました。お元気にお暮らし下さい。またお会いしましょう。ランちゃん,元気な赤ちゃんを産んで下さいね。次に行った時には赤ちゃんの写真も撮らせて下さい。

写真-32:漁船で養殖筏の見学 8月の時は詳しい話を聞く機会がなかったのですが,今回は牡蠣やホタテの養殖業というものが,まじめに仕事をすればどれほど大変なものなのか,その一端をうかがい知ることができました。 ところで,東北では牡蠣が本当に美味しいのは3月だということをご存知でしたか。出産に備えて栄養をたくさん蓄えている時期なのだそうです。花見牡蠣とか桜牡蠣と呼ばれているそうです。

写真-33:牡蠣の貝の開け方を取材中 コツを教えてもらったようです。

写真-34:牡蠣 出発する直前に,ニュースで松島湾の牡蠣の70%が高い海水温(台風の影響)のために死滅したと聞きました。浅いところなので影響が大きかったそうです。 ここ鮪立でも松島湾ほどでないにしても海水温の高さの影響を受けて牡蠣が弱っていて育ちが悪いと聞きました。ご覧のようにまだ小さいです。しかし,一時的なことなので,冬に向けて回復することでしょう。

写真-35:鮪立の海 右奥に赤く見えるのが灯台です。藤田さんが描いた水彩画のモチーフにもなっています。 この後,私たちは車に乗り込み帰路につきました。復路は疲れもあるので休憩を小まめに取ることにし,事故や工事による通行止めの影響もあり,約20時間かけて新居浜まで帰ってきました。隊長はトラックなので8時間ほど遅れて到着しました。

 

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