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第6回「活動記録」@宮城県気仙沼市+南三陸町

【活動期間】平成24年3月8日~3月12日

【支援車両】4tトラック1台,乗用車1台

【参加者】近藤千年,伊藤,今井,山下,越智

【支援物資】事務机,ロッカー,椅子,柑橘類,野菜,自転車,ミシン,毛布,ストーブなど

3月は,12月以来しばらく間があったのと,物資の支援方法にも問題があったので,支援の転換期でした。そのような意味で支援の方向性を探りたかったということもあり,またちょうど3月11日を迎えるタイミングでもあったので,この期間に行きました。

2月25日 3月の東北行きの内容打合せ。冬場に行くことが出来なかったため,雪解けを待って行くことに決定。前回,積み残したストーブ類と夏みかん・八朔などの柑橘類,事務所復興のための机・イス・ロッカーをつめて持って行くことに決定。参加者5名

3月4日 支援物資の点検と掃除。参加者3名

3月7日 4t車に支援物資の積み込み


3月8日 4t車,乗用車で新居浜出発。津市で夏みかん積込。

3月9日 南三陸町到着。支援物資の配布。唐桑町鮪立(しびたち)地区でわかめ養殖の支援ボランティア。

3月11日 ゴールデンウィークのボランティア活動の打合せ。午後,気仙沼出発。

3月12日 午前,新居浜に帰着。


記録写真

写真-1:積み込まれた事務用品 新居浜市の会社,友新株式会社さんから支援していただいた事務用品を宮城県気仙沼市唐桑町の大喜水産さんに運ぶ。船主の前田さんは、出漁直前の船が津波の被害にあい,漁具・船・事務所全てを失ってしまいました。それで,すこしでもお役に立てばと思い事務用品・修理工具などを募集し,支援活動を続けております。

写真-2:応援メッセージ

写真-3:及川さんご夫婦 新居浜市船木の篠原さんから支援していただいた八朔を歌津町及川さんところまで運び,そこから皆さんに配布してもらいました。東北ではかんきつ類はいつもよろこんでくれます。及川さんご夫婦で毎回協力をしてくれます。

写真-4:唐桑町鮪立(しびたち)の盛屋水産-菅野のおばあちゃん 私たちが訪ねていったのでホタテを水揚げしてくれ夕方の食事にだしてくれました。甘くてとろりとして,大きくてなんともいえない最高の味でした。

写真-5:鮪立の海 テントは震災時中国から支援してもらった避難用のテント,テントの生地は厚みがあって暖かそうでした。今回は,一輪車のタイヤ・工具類も菅野さん宅にもっていきました。菅野さん宅も津波で全てを持っていかれたので船以外に何も残らなかったそうです。

写真-6:鮪立の海 津波で枯れかけてきた胡桃の木の伐採を頼まれ,切り倒す。あまりよく切れるチエンソーでなかったので息がきれました。

写真-7:鮪立の海岸に設置された3月11日慰霊のための祭壇 当日は,ここでろうそくが灯されていましたが,我々は参加することなく頭を下げて見るだけにしました。

写真-8:菅野さん宅での夕食 歓待されて申し訳ない気持ちでしたが,美味しかったのも事実。採りたてワカメのしゃぶしゃぶ,刺身はメカジキ,このときにホタテもよばれました。最高に美味しかった。

写真-9:菅野さん宅の食事風景 中央の若い子が拓馬君,唐桑に住み着いてしまった。左隣がおばあちゃん,浜での牡蠣打ちや,牡蠣の種付け作業の手つきのよさはさすがです。農作業している人は年取ると腰が曲がるけど,浜で作業する人は立ち仕事が多いから腰が曲がらないそうです。

写真-10:盛屋水産の船 この船に乗ってワカメを取りに行くところ。タバコは絶対必需品。

写真-11:ワカメの刈り取り 親父は何も言わないから大きいのを選びながら刈り取ったのだが,ワカメは製品にすることなく,まもなく全て処分するとのこと。早く言ってくれれば遠慮なく刈り取ったのに!これはお土産に新居浜まで持って帰る。ありがとう。

写真-12:牡蠣筏についたワカメ 網を引き上げたついでに牡蠣を船の上でむいてくれ,海水ですすいで食べさせてくれました。塩味と牡蠣の甘みがほどよくあってうまかった~。女の子は新居浜出身でたまさか唐桑で知り合い,今回同行した熱い人。ぷら~と唐桑にいくそうです。

写真-13:盛屋水産の牡蠣筏 以前はこの海全体に筏が浮かんでたそうですが,まだまだこのような風景です。

写真-14:ホタテ 盛屋水産のおばあちゃんが綺麗に掃除してくれたホタテ。これもお土産に持って帰る。大変ヨクなことをしてきました。

写真-15:大喜水産の船主前田さん 唐桑復興直送便にかかわり自分の船も大きな被害を受けたのに復興に向けて健闘中です。

写真-16:只越(ただこし)からみた唐桑の海

写真-17:気仙沼市内に打ち上げられた大きな漁船 保存か解体かで意見がわかれているようですが,やはり現地の方が決めるのが一番。

写真-18:気仙沼市内の復興商店街

写真-19:鎮魂のろうそく作り風景

写真-20:鎮魂のろうそく作り風景

写真-21:ろうそくに書かれた鎮魂のメッセージ

写真-22:慰霊碑-気仙沼 GROUND ZERO

写真-23:志津川町の魚市場 この南側に防災庁舎があり,この日はここで慰霊祭があるために少し離れたこから黙祷をして帰るべく車を止める。一人の男性が涙を流しながら手に花束をもって海のほうに歩いているのをみた。大きな不幸はまだ一年しかたっていない。

写真-24:熱いメッセージ がんばって,復興しているようです。がんばれ!

写真-25:南三陸町の一年後の現実 遠くの鉄骨建家が防災庁舎。慰霊の言葉がマイクでながされていたが,ことばの重みを感じ胸に刻み込まれるような言葉でした。

写真-26:南三陸町の一年後の現実

写真-27:南三陸町の一年後の現実

写真-28:南三陸町の一年後の現実

写真-29:南三陸町の一年後の現実

写真-30:南三陸町の一年後の現実

写真-31:南三陸町の一年後の現実

写真-32:南三陸町の一年後の現実

写真-33:防災対策庁舎-慰霊のための祭壇

写真-34:3.11慰霊の日の子供たち

写真-35:黙祷

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