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第1回「活動記録」@宮城県気仙沼市+南三陸町

【活動期間】平成23年5月1日~5月10日

【支援車両】4tトラック1台。

【参加者】近藤千年,近藤美紀

・災害派遣車輌は無料であることを知らず,高速代は実費を払う。

・宿泊は5月2日の到着日はホテル泊として,その後は洞雲寺に宿泊し,気仙沼市唐桑町まで約50分掛けて作業に従事。

5月1日 新居浜午後4時出発。4tトラックにフォーク付重機を積み込んで山陽道・北陸道・東北道を経由して,岩手県一関市に向かう。

5月2日 一関市に到着。宿泊先確定後,今回サポートしてくれる洞雲寺住職,小松氏を訪ね,5月3日からの作業予定を打ち合わす。

5月3日 紹介していただいた鈴木孝志さんと唐桑町にトラックで移動する。宿浦の首藤商店さんのスタンドの片付け開始。FIWCのボランティアと共同作業。

5月4日 昨日に引き続き,首藤商店の片付け。4トン車にがれきを積み,仮設のゴミ置き場に運ぶ。

5月5日 首藤商店の片づけを引き続き行いながら,目の前の海岸道路も片づけを開始する。4トン車にて,がれきの運搬も行う。

5月6日 首藤商店を片づけ中に頼まれた舞根の畠山さんの自宅の片付けに移動,海水に使った 家財道具などを運び出し,トラックに積んで仮置き場へ運ぶ。

5月7日 舞根の畠山さん宅終了後,隣の丸畠さん宅の片付け開始。ボランティアの仲間が多く,片付けが進む。

5月8日 丸畠さん宅の片づけが午前中に終了し,その後唐桑町の中心部,フードセンターに移動して道路の脇に積まれていたゴミ類を仕分けながら積込,仮置き場へ運搬。(気仙沼市会議員 村上さんの依頼による。)

5月9日 フードセンター前の道路を引き続き片付け,目途が立ったので正午を期に作業を終了し新居浜への帰途に着く。途中洞雲寺,小松住職を訪ね5月3日から8日まで宿泊させていただいたお礼を言い出発する。

5月10日 往路と同じルートをたどり,新居浜に午後3時に帰着。


記録写真

写真-1:唐桑造船鉄工所
道を左に回ると最初に作業した首藤商店があります。唐桑では高台が近いために人的被害は少なかったのですが,この造船所では孫を迎えに行ったおじいちゃんと孫がなくなったそうです。

写真-2:舞根(もうね)地区より唐桑造船鉄工所の方向
片づけがほとんで出来てなくて電気も止まってました。市街地から離れていたので人の手がまだ入る予定のないときでした。ゴミが道路の端に寄せているのは自衛隊が行方不明者を捜索するために道路を取り明けたからだとおもいます。

写真-3
宿浦(しゅくうら)首藤商店と同じ地区にあり距離にして500メートルくらいのところです。竹が赤くなっているのはそこまで津波がきた印です。他にも何台も車がひっくり返っていました。人気のないところで,人気のない方向の写真をとりました。惨状を写真に撮ることははばかられました。

写真-4
舞根地区で前方が海です。浸水しただけの家屋と跡形もなくなってしまった家屋が混在してました。菜の花とほうれん草は津波に負けず育ってました。他にも椎茸のホダ木が流されてきていて,椎茸ができていました。この地区では浸水した家屋(畠山さん)から家財道具を運び出しトラックに積んで処分しました。人的被害はかろうじてなかったのですが,飼い犬は助ける間がなく溺れさせたそうです。

写真-5:洞雲寺
岩手県一関市千厩(せんまや)にある洞雲寺で,ここに宿泊させてもらいました。ここには唐桑で被災した鈴木さん家族がおり,その人の伝で唐桑地区の支援活動をすることとなりました。サクラが満開で,手前の青い山菜が”こごみ”です。自宅・加工所・養殖あわびも全て流されました。少し残ったあわびも油にまみれて価値は無くなったそうです。おばあちゃんが同居してましたが、おばあちゃんはお金は持ち出さず,犬のメリーだけ連れて逃げたそうです。お寺に泊まっているときに家内とおばあちゃんと3人で近くの温泉に行ってましたから,当時の話よく聞かせてもらいました。現在おばあちゃんは一人で仮設に入居しており,唐桑に行ったときは訪ねております。

写真-6:
唐桑地区の中心部にある,スーパー,フード センターのところです。ここにも津波が到達して家財道具,商品が道路わきの広場に山積みになってました。このメンバーはFIWCとRQ,混成部隊です。ここのゴミをとりあえず片付けて5月の活動は終わりました。午前中に終わり,誰言うともなく記念撮影をし,片付いたときには,おもわず,万歳をしました。彼らとはそのときから現在もお付き合いをしております。最前列左端の3人は地元の高校生で,私の方言を楽しんでました。

写真-7
フードセンターから海の方を見た写真です。唐桑小学校が左後ろにあり,そこは浸水はしませんでしたがフードセンターは浸水しました。遠くの看板はコメリーの看板で店の中には車が逆さになって入っており,外壁はすべて海の方向にめくれてました。写真を撮った位置には大きな漁船も流れてきてました。

写真-8 ※写真8~11まで共通
唐桑から新居浜に帰る道中に気仙沼市内に立ち寄りました。人気がまったくなく,気仙沼市内では震災当日火災が発生して燃えたそうですが,それの痕跡です。腐ったにおいが充満しており,風呂がまのなかに鮪が入っていたとの話もききました。貨物船は現在も残っており観光地化しています。すぐ近くには大川(気仙沼市を流れる川で鮭も遡上します)があり,そこには船や車がいくつも沈んでいました。写真は撮る度胸がなかったです。

写真-9

写真-10

写真-11

写真-12:活躍したトラックと重機
新居浜への帰路についたとこで,東北自動車道の福島あたりとおもいます。当時東北道は応急措置で道路を直したばかりで,かなり段差があり,積載量2トン300キロのトラックに4トン余りの重機を積んで,そのトラックも今年廃車にした平成8年製のトラックだったので壊れるのではないかとドキドキしながら運転をしました。自宅に帰りついたときは,長時間の運転で足が浮腫んでました。

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