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ボランティア参加者の声

~家庭菜園作りボランティアに参加して~

東日本大震災が起きたのは平成23年3月11日。テレビ報道を見た時、愕然としたことを昨日のように記憶しています。

そんな中、私事ですが自治会長に任命され防災活動に向き合うことになりました。きっかけはテレビ報道で自治会長や消防団員の人達が、本人は被災し家族を亡くされても地域住民のために率先して活動されている姿を見たことです。この一年間、自治会として何ができるのか、避難場所や避難経路、防災備品等、他に何をしなければならないか考えさせられることになりました。

自治会役員の任期が3月で終了した頃、回覧板にボランティアの募集があり内容は「家庭菜園作り」これなら私にもできると思い、すぐに参加を申し込みました。参加者全員が一つになって何かを作り上げていく事がこんなに充実した気持ちになるとは思いませんでした。絆を感じたのは私だけでしょうか。           (新居浜市 50代 会社員 男性)

~宮城県気仙沼市ボランティアに参加しての感想~

今回の活動の事を人に話すと、何かしたいのに何をしたらいいかわからないと思いつつ日々を過ごしている人の多いことに気付かされた。すでに、次回参加させてほしいと言ってくれる人もいる。

私たちが実際現地で活動できる時間はほんのわずかで、その間に劇的に復興が進むというわけではない。ひとつひとつ、着実につながりを持ち続けている市民の会の活動に参加したことは、私にとって大変貴重な経験となった。これからもできる限り活動を広めていきたいと思う。                   (新居浜市 40代 会社員 女性)

~宮城県気仙沼市ボランティアに参加しての感想~

若さだけを持って、経験を得たい一身で参加した東北ボランティア。そこで得たものは想像していたものよりも素晴らしくて、気仙沼に行ってから何ヶ月も経った今でも深く胸に刻まれています。

出会った人々は復興に向けて前に進もうと努力なされていました。気仙沼の街も震災直後と比べて確実に復興していて、地元を思う人々の熱い気持ちに胸が打たれました。 気仙沼の人々の暖かさ、自然豊かな気仙沼の美しさ、地元を愛し復興を願う人々の思い。たくさんのことを感じ、同時に自分の無力さも感じました。

今回のボランティアで得たことは一生の宝になるだろうし、自分を少しでも成長させてくれたと思います。そして、いつかたくさんのことを教えてくれた気仙沼に恩返しをしようと思います。気仙沼は私にとって大切な故郷となりました。これからも心はいつまでも気仙沼と共にあることでしょう。           (新居浜市 高校3年生 H.M女性)

~宮城県気仙沼市ボランティアに参加しての感想~

参加者の女子高校生私達が宮城県の家庭菜園ボランティアに参加しようと思ったきっかけは「社協だより」の募集を見たことです。もともとボランティアに興味があったし被災地の人の暮らしも前々から心配し気になっていたので、思い切って行動してみようと思いました。仙台に入り、気仙沼市の看板が見えた瞬間から景色が一変し、震災の大きな爪あとを目の当たりにした私達は声を失いました。

ボランティアのきっかけはそれぞれ違うとしても同じ動機で行動したのだから、奥深くでつながっていると感じました。色々なバックグラウンドの人が心をひとつに出来たという体験は一番大きな宝物です。被災地から遠くに住んでいる人は徐々に忘れてしまうかもしれません。でも、私の気持ちは今でも被災地の人のそばにありますし、これからも変わらないと思っています。

現地のボランティア団体FIWCとの交流は、被災地に今何が必要かを教えて頂き、新居浜でも今後どのような活動していけるか可能性を考えるきっかけになりました。そこで学んだことは、お金などの物資的な援助だけでは、本当の支援や絆が生まれないということです。 ささやかでも行動や言葉や思いやりこそが大きな変化を生むのだということです。被災体験を話す宮城県の方々はみな涙を流し、私達が来たことを喜んでくれました。そのことは私の胸を本当に熱くさせました。

今回の経験だけで終わらせるのではなく、またぜひ被災地に行って力になりたいと思っています。                    (新居浜市 高校3年生  H.S女性)

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